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久々の小さな旅に行ってまいりました。

目的地は、そんなに遠くも無く近くも無く日帰りでいけるところということで、会津地方。

今回の目当ては、喜多方ラーメンと、会津藩校日新館見学。

お目当ての「坂内食堂」が臨時休業だったため、急遽予定を変更して「まるや」さんへ


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食べ物は好みの問題でしょうが、個人的には美味しかったです。

ばら肉チャーシュウは、麺と同じで何か喜多方ラーメンの基準なのかな。

たくさん載っていて満足でした。(チャーシュー麺)


腹ごしらえをしたところで、本来の目的であった会津藩校日新館へ


会津藩といえば、歴史の表舞台に何度も出てくる雄藩。

教育を重んじ、当時(江戸時代)としては全国でも1、2を争う藩校だったそうです。

入り口にはおなじみ「什の掟」

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当時5歳になると10人一組の子供の教育班に入れて、この掟を徹底的に教えたそうです。

教えるのは什長とよばれる、その班で最も年長の10歳ぐらいの子供だったとか。

大人は一切口出ししなかったそうです。

子供には、このような道徳教育が最も大切なのは今も昔も変わりません。

というか昔の方が高かったのでしょうね。



立派な正門です。

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中には当時の様子を再現した人形や、貴重な資料(写真不可)がたくさん展示してありました。

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素読から始まって、論語などの中国古典や、軍学、天文学、医学まで、実にたくさんのことを学んでいたようですが、人間として大切なことに最も重きを置いていたようです。

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まさに道徳のテーマパーク。

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学芸員?のおじさんが、子供にも分かるように仁儀礼知信、忠孝悌敬を教えてくれたのですが、なってない自分を再確認し、子供より私のほうが畏まってしまいました。

時間がなかったので1時間ぐらいしかいられませんでしたが、見て体験して、3時間位ないと十分楽しめません。

修学旅行にはピッタリの施設です。



帰る頃には、すっかり暗くなっており、お土産屋さんが閉まっていて、子供らに大ブーイングを食らってしまいました。

一体、什の掟はどこへいったのか...


見るとこいっぱいの会津地方。

また訪れてみたいと思います。





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2009.05.26 おおけやき。
本日、東根に行ったついでに「大けやき」なるものを見てきました。

東根の旧市街の中心、東根小学校の構内に鎮座する「大けやき」。

始めて見ましたが、予想以上の大きさにビックリ。

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神々しいまでの存在感。

しめ縄もしてあって、もはや御神体です。



由来はこんな感じ。

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樹齢1500年以上! 

幹の直径5m!

飛鳥時代?ぐらいからあると思うとロマンを感じます。

大きいもの、歴史あるものを見ると、なぜか心が安らぎます。

不思議ですね。



といいますか、現場に行った帰りの単なる寄り道です。


ブログも仕事のうちと言うことでご勘弁下さい。


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通りすがり、城下(パナマ通り!?)から眺める上山城。


う~ん、やっぱり天守はカッコイイ!


先日アップした長谷堂城と同じく、戦国時代は山形城の支城でありました。


先に紹介した慶長出羽合戦にても直江軍と激しい戦闘があったらしい。


せっかくだから武家屋敷の前をくるっと廻ってみる。


このようなたたずまい。

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4軒ほど並んでいます。

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その中の1軒。

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最近まで住んでいたようで(最近と言っても相当前でしょうけど)、屋根は雰囲気を出すために、鉄板葺のうえにわら葺が重ねてありました。


もとのもとはわら葺だったんでしょうね。


こんなお家柄だったそうです。

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扶持は100石。


一石(100升)は大人一人が一年に食べる米の量ですので、なかなかのもの。


当時のくらしが偲ばれます。


城周辺には足湯や移動カフェもあり、観光に力を入れているようです。


すぐ近くにはご存知、下大湯。

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以前、入浴したことありますが、どこぞの小さいお子さんが「熱い」といって泣いていたのを思い出しました。


実際チョー熱い!!












山森呉服店社長のブログの「日曜小さな旅シリーズ」に刺激され、同じようなコーナーを作成しました。


栄えある?第1回は2009年大河ドラマ「天地人」を記念しまして


「長谷堂城址めぐりの旅」です。


東北の関ヶ原と呼ばれる慶長出羽合戦にて


直江兼続率いる上杉軍20,000と


山形城の支城、長谷堂城の守備隊1000が激戦を繰広げた舞台。


さてどんなものかと、行ってみると









入り口?? ずいぶんせまいなあ。

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「長谷堂城跡大手門口」と書いてあるのでどうやらそうらしい。


山城である長谷堂城跡には、他にも登り口はあるようだが、なったって「大手門」。


いちばん登りやすいに違いない。

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恐る恐る登っていく。

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途中でともご対面!  ヒ~ (写真はやめときました)


「大手門」から登った割には、だんだん道が狭くなっていき、結構急斜面。


息が上がって写真撮るの忘れてしまいましたが、幅1mくらいしかなくなります。


上部の方は曲輪(くるわ)らしき跡が結構あり、その一部にはこんな柵が!


来年のために整備しているのかな?

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ムムッ、これは容易に攻められん。



やっと長谷堂城跡へ

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長谷堂城跡からの眺望です。

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山形方向を眺めると、霞ががっており、山形城址は良く見えない。


まさに「霞城」のたたずまい。


合戦が行なわれたのも時期的に今頃のようです。


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頂上まで約400mは結構エキサイティングな道のり。


百戦錬磨の上杉軍2万の大軍と、知勇兼備の武将、直江兼続をもってしても、苦戦必至を実感しました。







そして、歴史のロマンを満喫し、帰る途中のこと。

もっと登りやすそうな入り口は他にあったと気付く。 しかも駐車場もある。

ムムム...してやられたり。

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しかしながら、冒険心のある方は「大手門口」よりの登城をお勧めいたします。











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